ドイプイ チェンマイ
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ご無沙汰しました。

義母の入院から葬儀まで気を張ってたのですがここ3日間ダウンしてしまいました。

これからはいつもの おじさんブログ に戻り書きまくります。

では、今時分のおやま(ドイプイ)と言えばなんたって 

ライチ(果物、中国原産)に限ります。

色も形も良くとにかく 美味しい! 

おじさんがタイで一番好きな果物で皆様にもお勧めの一品です。

楊貴妃 が好んで食したと文献に書いてあるように

モン族(メオ)が中国雲南省から移動して来たときに持ってきたと
おやま(ドイプイ)の長老が誇らしく語ってくれました。

何はともあれ綺麗でカワイイ2種類のライチのパシャリいきます。

 ジャカパット

ライチ
どうですかどこから見てもキュートじゃないですか。

今年の出来栄えは実が大きく暑かったのでとても甘い、とライチびいきのおじさんの寸評です。

ほとんどがチェンマイの市場や露天販売に持って行きますがおやま(ドイプイ)でもモン族(メオ)のおばちゃん達ががんばらず売っています。

それでは、パシャリいきます。
ライチ販売所
 ライチ販売所



これが雨季のおやま(ドイプイ)の 旬 です。

来村された方は運が良ければ朝取りのおじさんちのライチを食べれるかもしれませんよ。

もちろん 完全無農薬 です。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。
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ここでは亡き義母のことを書きたいと思う。

18歳で結婚して男4人女2人の6人の子供に恵まれた。

決して豊かではなかったはずなのにあと親戚の2人の男の子を育て上げた肝っ玉母さんである。

誰一人欠けること無く子供たちが成人して今に至っていることが義母のたった一つの誇りだったと思う。

性格的にはおっとりしてたがガッチリと財布の紐は握っていた。

私との付合いは家内と結婚してからだから1?年ということになる。

私はあまり口が達者ではないので何かを突き詰めて話したことは無かった。

料理が得意だった義母は元気だったころは三食作ってくれてた。

中でも私が一番好きだったのは日本で言う トン足入りにこごり みたいな料理だった。

脂身が多いので何度も煮て油抜きをしてからゼラチン質の所を出してくれた。

この料理を作れる身内は誰一人居らず私にとっては異国の地の おふくろの味 となったわけだ。

私はここ2年ぐらい前から誰に習うでもなく見よう見まねで ネックレス ブレスレット 携帯ストラップ などを趣味と実益を兼ねて作っていた。

日本人の感覚で作るもんだからタイ人にはほとんど反応が無かった。

がんがっても一日ネックレスだと6本ぐらい、ブレスレットで10本ぐらいしか出来ず家族からは道楽と言われてた。

それも間違いではないので素直に受け止めてた私である。

その中でもたった一人義母だけが私が作ったものを認めてくれて好きなものを選んでは ネックレス ブレスレット をいつも身に付けてくれてた。

そのことを私は無性にうれしく感じてた。

遺体にも装飾品として生前使ってた私が作った ネックレスとブレスレット、メガネチェーン が付けられていた。

さすがにこれを見た時には改めて私の数少ない理解者がいなくなった事の重大さを実感し思わず目頭を押さえずにはいられなかった。

私にとってはとても短い義母との生活だったがいまさらに 母 たる偉大な存在を身にしみて覚えさせられた義母の 死 だった。

じっさい生活してみて分かるのだが いるところに あるところに
いるもの、あるものが無いと言うものは非常に空しく寂しく辛いものだということに気ずかされる。

この年になって気ずいたが人は皆、大なり小なり 良い意味で
マザーコンプレックス&ファザーコンプレックス ではないのかと。

普段は何も感じないが自分が居る事で生きていることで 父母 へ元気の元を与え、父母 から元気の元をもらっているのではないのだろうかと。

生みの親、育ての親、いろいろな形で親がいると思う、今だから言える。

居る事で生きていることだけで感謝の気持ちを心に持っていれば、いざと言う時に自らを奮え立たせてくれると 義母の死 を教訓に体に刻んだ私です。

てれないで面と向って ありがとう と言える自分になりなさい。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。






この出来事は2006年5月8日から始まった。

義母が8日の夜8時に倒れ即入院になった。

10日の夕方まではゆっくりだが会話もでき両手足もゆっくりだが動かせた。

症状が悪化したのは夜明け前の4時ごろだった。

自力で呼吸が出来なくなり舌が咽喉の奥に入り込んでいきすぐさま一般病棟から ICU へと移り人工呼吸の処置がなされた。

11日は朝早くから脳の X線撮影を行うと軽い くも膜下出血 と診断された。

もうこの時点から全く会話も出来なくなり廊下で待機しているおじさん達家族には人工呼吸器のシュウ シュウという一定のリズムで動いている器械の音しか聞こえてこない。

午前と午後の医師による診断の時カーテン越しに義母の顔を見ることが出来たが口にチュウブが入っていなければいつもの義母の寝顔とほとんど変わらないように見えた。

医師が言うことには血圧が最高280まで達し くも膜下出血 で施しようがない。と宣告を受けた。

この時から延命治療か自然死かという二つのどちらを選ぶかで家族親戚による会議が3日間行われた。

3日間話し続け14日に結論が出で 自然死 が選ばれた。

この日から栄養剤のチュウブが口から抜かれ生理食塩水の点滴だけになった。

あれほど上がるだけ上がってた血圧が時間が過ぎるようにだんだん下がっていく。

家族親戚が代わる代わる指や手足をさすると冷たくなっていくのがわかった。

15日目には指先が黒くなってきて最高血圧は70だった。

まるで雪山登山で遭難した人の凍傷になった指先と同じである。

それでも家族は限られた時間内で義母の手足をさすった。

器械を使って義母の体を痛めるより自然死を選んだという後ろめたい気持ちがあるのかやっぱり死を待つ家族はとても辛い日々だった。

そしていよいよ来る日が来た16日夜9時15分に義母75歳が旅立た。

器材が外された義母の顔はとても穏やかで医師の社交辞令であろう いいお顔ですよ の声も家族の耳には入ってこなかった。

看護士による体の洗浄を終え義母の周りに8日間病院の廊下で寝起きしてた家族が集まると誰の顔も涙で赤くなっていた。

遺体に涙を零すな と家内の一声で皆必死に溢れる涙を堪えていた。

日本では 尊厳死 のことが問題になっているがこの国では尊厳死という言葉はなく 自然死 という、このことをおじさん初めて聞いた。

続きは明日書き込みます。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。


おやま(ドイプイ)のライチ(果物、原産国中国)が少しづつピンク色に染まり、あともうチョッとで盛りをむかえる時期になりました。

この時期モン族(メオ)の男衆は日中ライチ畑に行き実を食べに来る鳥を追い払う為に日なが一日畑で過ごします。(酒を片手に!)

気の早いモン族(メオ)の数人が先摘みしたまだミドリとピンクが混ざっているライチを販売していますが、すっぱさが強く甘くありません。

日本で言う 初物は北を向いて食べろ じゃないですがそのつもりだったら食せますが、

本物のライチは、上品な甘さの中に心地よいすっぱさ が舌に残りあとを引く美味しいものです。

今のおやま(ドイプイ)の育ち具合だと20日前後に出始めると思います。

なにせおじさんは数あるタイの果物の中で一番好きな果物が、
ライチ なんです。ライチは他の果物のと違い食せる期間がとても短く天候によっては1ヶ月しか食べられないなんて年もあるくらいです。

幸いなことにおやま(ドイプイ)はライチの産地ですからよそよりは食べられますが。

近じかチョッと山の奥に行く予定ですから今頃の ライチ をパシャリにてお伝えしたいと考えています。

そんなこんなで1年1回のライチ収穫にむけてモン族(メオ)の山の民が少しづつ活気が出てきてるおやま(ドイプイ)です。

おじさんのところと言うと10ヶ月になる 暴れん坊将軍 こと2番目の孫、 秀(しゅう) がいよいよ本領を発揮しだしてやりたい放題の毎日です。1パシャリいきます。
バァーバにおんぶ!

このパシャリの後はおんぶに飽きておお泣きした 秀 でした。

毎日いつも一緒に遊んでいてほとんど姉妹ようにしている 愛ちゃんと舞ちゃん の2パシャリです。
いつも一緒。


こんな姿がおやま(ドイプイ)で暮らしているおじさんの いつも ですよ。

もし心が疲れていたら、おやま(ドイプイ)に来て長く感じる1日をおじさんと過ごしてみませんか?

何にもないけど癒せる空間は提供できると思います。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。




7日は停電の為 書き込みならず!

8日昨日は昨日で夜9時ごろ75歳になる義母が倒れ村の車を借りて病院に連れて行った。

もともと高血圧、糖尿病を患っていて気をつけてはいたのだが、
病院について血圧を測定したら240/180即入院になった。

脳のX線撮影をしたら軽い脳血栓をおこしているとのこと。

付き添いは患者が多い為出来ず夜中の2時過ぎにおやま(ドイプイ)に帰ってきた。

今日朝6時に病院に見舞いに行って来たが話すスピードはいつもより遅いもの話せる、手足もゆっくりだが動かせるので安心した。

薬で血圧を下げ脳の血管を広くする処置がなされた。

おじさんも毎月血糖値と血圧をチェックする為に病院にいっているので人事ではない。

日本では メタボリック症 は年々低年齢化しているのでタイにいるおじさんが言うのも変ですが、

もう一度 日本食 を見直しましょう。

野菜と魚中心だった日本人にはメタボリック症は少なかったのですから。

おじさんはこよなくお酒とタバコを愛しているのでいずれ自分に降りかかるであろうこの症候群とは今からなるべく刺激を与えないよう穏やかに日々を過ごしたいと感じています。

それでは この辺で (やまの おじさん) でした。



 

今日も 暑いよ 雨も降らないし!

まして3連休の中日とあってタイ人観光客がひっきりなしにソンテウ(乗り合いバス)から降りてくるし、

家内には店にいてね、と釘を刺されるし!

しかしおじさんはお昼をとったあと1時間ぐらい ライチ畑に非難して
英気を少し蘇らせてさっそうと店に帰ってきた。

言わずもがな 家内の冷たい視線を背中にヒシヒシと感じながら午後の仕事に精を出した?

停電続きで書き込んだとばっかり思っていた、 ミニゾウさんの噴水 家内が店を涼しく見せたいと考えてを設置したものだがブログを調べてみたら無かったので、

それでは襟を正して、家内が選んだ納涼グッズの1パシャリいきます。
 店のデイスプレー。
 噴水の中には滝のそばの流れで孫と一緒に捕まえた メダカ?、みたいな魚が20匹ぐらい泳いでいます。

今の所、強敵は店の前で遊んでいるモン族(メオ)の子供たちで、見てないと水の中に手を突っ込まれる。
すでに3匹が捕まえられて、おやま(ドイプイ)の星になってしまった。

店にお寄りをお客様はどうぞ、おやま(ドイプイ)のメダカもどきを見てってください。

尾びれの近くがキラキラしてておじさん結構気に入っている。

明日も暑いだろうおやま(ドイプイ)で気持ちだけはシャンとしているおじさんがいるはず。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。
暑い、とにかく暑い、居るだけで暑苦しいおじさんです。

この間、もう雨季か、とか、涼しくて絶好調、と言ってたこの口が渇かないうちに連日31℃を超える日が続いてて超暑がりのおじさんは朝からへばっています。

それに加え夏休みで店で遊んでいる今年7歳になる孫が友達とケンカしたり転んで泣いては抱っこされに来るのでおじさんは汗だくです。

キッパリと言っておきますが、
  エアコンは無い!

今日は現国王である、ラマ9世。

プミポン国王即位記念日で祝日です。

在位60年のお祝いも兼ねてバンコク(BKK)の エメラルド寺院で盛大に式典が行われるそうです。
PS:昭和天皇も63年弱と長かったですね。

おやま(ドイプイ)でもモン族(メオ)の綺麗どころによる祝いの舞いが披露されました。

暑くて畑に非難してたおじさんなので 舞いのパシャリ には間に合いませんでした。間抜けなおじさんです。

それでは連続1~2パシャリいきます。モン族(メオ)ダンサーズ。

モン族(メオ)ダンサーズ。

パシャリを拡大していただくと刺繍、装飾の素晴らしさがよく分かると思います。

平均年齢17歳で中には子供もいるダンサーもいます。

明日も良い天気とTVがおせっかいにも教えてくれました。

ライチ畑への道は所々補修はしてあるもののぬかるみがあるので奥まで行けずこの前取り付けたゾウさんのミニ噴水でも見ながら額に汗して店にたつおじさんがいます。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。


昨日は天気が良く暑かった。

そのせいか夜には雨になり恒例のように停電、 と思いきや電気が来る、安心してるとまた 停電 この繰り返しが4回起こり、
気の長いおじさんでもさすがにキレて書き込みを壇上の思い出断念した。

こんな大げさではないものの書き込んだブログが2回も消されると3回目に挑もうという気もちになれなかった。

以外に根気が無いのにきずかされた昨日の停電でした。

今でも小雨まじりで雷様がないています。

おやま(ドイプイ)は標高が高いので雷の音がでかい、来た当初はマジでビックリしたもんだった。

昨日は隣の親戚モン族(メオ)の家で リャンピー と言う厄除けが行われた。

男兄弟4人が豚1頭づつ計4頭の豚を精霊に奉げた。(後で食べるよ)

厄除けの内容は

長男の左足が1ヶ月続いて痛みに悩まされている為
次男の娘のタイ人婚約者とうまくいってない為
三男の仕事はしっかりするが酒の量が多すぎる為
四男のタイ人女性との浮気の為

以上の事は、モン族(メオ)に言わせてみれば全て悪い霊が本人の近くにいる為だと言う。

夜明けとともにシャーマン(祈祷師)の祈祷と鳴り物が静寂な山の時間を妨げ薪用の朽ちた木が竃の中から燻され異臭にも似た煙を発していた。

おじさんは新参者なので裏方で参列者へのお三度の仕度をしていた。
あの煙の中で!

午後1時には祈祷もすみ殺めた4頭の豚三昧料理が振舞われシャーマン(祈祷師)を囲んでいつもの呑べーエンドレスタイムの始まりと相成りました。

おじさんはあくまでも仕事の合間をわざわざぬってごしょうばんに付合いました。

今回の厄除けはパシャリ禁止だったのでありません。

今日当の4人兄弟に どうよ と聞いてみました。

そろって言うことは なんだか肩の荷が下りた みたいな事を言ってました。

おじさんは理解に苦しみます。

停電に弄ばれ煙で目を真っ赤にした

モン族(メオ)の習慣、 リャンピー(厄除け)だった。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。


 
2日続きの雨降りも今日の午後4時過ぎに上がり夕焼けが綺麗だったおやま(ドイプイ)です。

霧で見えづらかった山々もレインシャワーを浴びてさっぱりしたみたいで緑が濃く感じられた。

おやま(ドイプイ)の尾根に上るとチェンマイ市内が少しだけ見えるところがあり、いつもは車の排ガスor山焼きの煙で見ずらいのですが雨が流してくれたのか夜景がハッキリ見えました。

今夜の月は三日月で雲一つ無く星がつかめるかのように近く見えた。

ちなみにおやま(ドイプイ)に暮らしてみて分かったのですが 星はあおく見えます。

こんな小さなことで感動&喜びを感じられるのはチェンマイに来てからのことかな。

おじさんが幼いころの都内は今は死語の 光化学スモッグ に汚染され夜空を見ても何も見えずどんよりした夜空の雲の隙間から申し訳なさそうに月が見え隠れしてたのを覚えています。

人、人間にとって何が幸せかというと個々の違いはあるでしょうが、普通、自然 が日々肌で感じられる、いられるということにおじさんは尽きると思っています。

外国、おやま(ドイプイ)で暮らしていると物欲はあるもののそれ相当のことをしなくては手中に出来ない。

だがものは無くても心はいつもなにかで満たされている。

それが余裕なのかゆとりなのかはまだ分からないが今を生きていることを実感してる。

日本では スローライフとか最近ではローハスな暮らしと言っているが
人間が守っている自然じゃなく人の手が入っていない自然が良いとおじさんは思っています。(現実は難しいことだが)

ことを構えず何事も自然に暮らせれば幸せかな と思います。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。





昨日からの雨で朝から、おやま(ドイプイ)は寒いよ~って重ね着している家内がぼやくぼやく!

そんなことは全く気にせず今日も絶好調のおじさんでした。(寒いのには滅法強い)

ほとんどのモン族(メオ)が長袖を着込んで仕事をしてたみたい。

デブっているおじさんに言わせれば

とにかくモン族(メオ)然りタイ人然り寒がり(タイ語で キーナオ)が多いタイ国民です。(亜熱帯だからしょうがないか)

おじさんは日本に居る時もそうでしたが 夏太り をする体質です。

タイに来てからも同様 夏&乾季になると決まって デブリます。

毎月1回病院通いしてる(成人病チェックの為)おじさんですがこの時期
必ずドクターに要注意と釘を刺されビクつくおじさんです。

おじさんの言い訳

1、暑いので水物をよくとる。(PSアルコールも含まれる)
2、やっぱりタイ料理が好き、もち米(タイ語で カオニヤオ)が主食
3、腰が弱いので運動が苦手、

等々の理由です。
おじさんは 意志が弱い。

今日は孫がのり巻きを食べたいと言ったのでこの間、店に来てくれたリピーターのお客さんが日本からわざわざ持ってきてくれた海苔があったのでおじさんリクエストにお答えしました。

隣の親戚の子供たちも呼んで ワイワイガヤガヤお食事会と相成りました。
それでは、1パシャリいきます。皆でお食事。

このパシャリはいつもの調理スタイルですが日本の方は年代によって感じ方見方が変わると思います。それでは、2パシャリです。
料理中。
パシャリの手前にあるものは、しちりんです。
この、しちりんで煮たり焼いたり炒めたり蒸したりのいろんな作業をこなせます。

もちろん炭は 竹炭です。(副産物の竹酢液は染色の焙煎、色止めに使用しています)

見方を変えるととてもリッチな火力だと思いませんか。

炭火の焼肉店なんてに日本じゃ高かった覚えがありますから。

ものは無いけど心にゆとりが持てるおやま(ドイプイ)ライフを満喫してるおじさんがいます。

それでは、この辺で (やまの おじさん) でした。


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